店内にそっと佇む希少品をご紹介する、「アトリエジャーナル」。
第三回目は、パルファンサトリの香水を支えるオリジナルベース香料の一つ、「 源氏香ベース 」に触れてみたいと思います。
パルファンサトリの「 源氏香ベース 」
アトリエショップには試作品やコンク(原液)など、香水の完成品に至るまでの調合香料が保管されているのですが、そのうちの一つが、パルファンサトリのオリジナルベース香料である「源氏香ベース」です。
これが「紫の上」に使用されているということは、ご存知の方も多いかもしれません。
「サンダルウッド」「トルーバルサムウッディ」「ラブダナム」からなる構成ですが、様々な香料をいくつも組み合わせて一本の「源氏香ベース」に仕上げられています。
ベース香料は、料理に例えるなら出汁やソースのような存在でしょうか。
味の決め手であり、一度完成させておくことで様々な料理へ応用できる、頼もしい土台でもあります。
この2種類の「源氏香ベース」は、香りの本質的なところでの差異はありませんが、処方が異なる別物です。
「源氏香Base10%」(アルコールで香料濃度を10%に希釈したもの)は「紫の上」に、
「夜の梅の源氏香」(希釈していない原液)は「夜の梅」に使用されています。
そう、商品説明の中ではそのことに触れていませんが、「夜の梅」にも「源氏香ベース」は使われているのです。
「紫の上」とどこか共通の部分を感じるとしたら、それは「源氏香ベース」で繋がっているからとも言えるでしょう。
とはいえ、細かいニュアンスは違っていて
「源氏香Base10%」は甘く丸みがありウォーミー、
「夜の梅の源氏香」は伽羅のような辛味が立っていて、エッジが効いているように私は感じました。
根の部分は同じでも、伸びる枝葉の方向が違っているのだと。
そして驚いたのは、その僅かな差異を持つ「源氏香ベース」は、「紫の上」と「夜の梅」という2つの香水の中で、まるで違った表情を見せているということでした。
根は同じなのに、そこから育った姿は全く別のもの─
そういった変化を感じられたのは、ベース香料そのものに触れたからこその発見でした。

「 源氏香ベース 」が織り成す和の香り
本来の「源氏香」とは、香道における「組香」の一種です。(※)
「源氏物語」を漫画化した「あさきゆめみし」という作品が大好きな私にとって、「源氏」という言葉はとても雅なものとして心に響き、光源氏そのものよりも、彼をとりまく女性や情景の方を思い起こさせます。
宮中、着物、黒髪、恋文、薫物、蒔絵、藤、桐…
麗しく奥ゆかしい、浮世離れしためくるめく世界。
そこには諸行無常や情念といった、美しさだけではないものも静かに潜んでいます。
「源氏香ベース」という言葉から私がイメージする香りは、そういった世界観に加え、香道に見られる繊細な美意識が投影された「和の香り」です。
パルファンサトリのフレグランススクールで、
“ベースとなる香りの名前は最初に決める必要は無い。しかし、ぴったりの名前が思い浮かべば創作は進めやすい。大切なのは出来上がった香りと名前がマッチし、納得感があること”
と教わりました。
この「源氏香ベース」は、まさにその名がぴったりと当てはまります。
日本の伝統や文化を愛し、三道(茶道、花道、香道)を修めた大沢ならではのだからこそ生み出せた、慎ましく慈しみの心を感じさせる香りだと思っています。

「紫の上」での 源氏香ベース
「源氏物語」のヒロイン、紫の上をイメージした香水「紫の上」は、光源氏と出会ったばかりの幼い紫の上が、次第に花開いていく様を香りで表現しています。
光源氏に愛されながらも、ただ幸福とは言い難かった紫の上。
輝きの裏にある切なさや儚さ。
そういったものまで感じ取れるのが「紫の上」という香水の魅力の一つだと思っていますが、「源氏香ベース」だけでは「憂い」のようなものまでは汲み取れません。
香水として完成された「紫の上」からは、フルーティかつ白粉のような淡いパウダリー感と、華やかなフローラルの息吹が伝わってきます。
少し甘味を帯びたウッディ調の「源氏香ベース」にそれらが合わさることで、それぞれの輪郭がより鮮やかになり、躍動感が現れるのです。
それはまるで、静かに眠っていたものが揺り起こされ、光を得て羽ばたき始めたような感覚です。
「源氏香ベース」の上にさらに創香を重ね、肉付けしていくという作業は、紫の上という一人の女性の姿を少しずつ形取り、人物像を丁寧に掘り下げていくということかもしれない。
そして「源氏香ベース」から「紫の上」になるまでの過程で生まれた淡い陰影は、美しく聡明なイメージだけでは語れない、紫の上の「翳り」として受け止めることができるのかもしれない。
そんな風に感じました。

「夜の梅」での 源氏香ベース
夫の寵愛が他の女性に移ってしまったことを嘆きながらも、
”私の髪の毛が白髪になっても、ずっとあなたを待ち続けます。”
という歌が万葉集に収められています。
どこか吹っ切れたような、健気な想いを綴ったこの歌─そこからインスピレーションを受けて作られたのが、「夜の梅」です。
「紫の上」と同様、「源氏香ベース」を嗅ぐ限りでは、あまり感傷的な印象は受けません。
こちらは希釈していない原液ということもありますが、どっしりと落ち着いた力強さがあり、清潔感あるソーピーなニュアンスに加え、嫉妬や情の深さを想起させるような鋭さも秘めているように思いました。
そして完成した香水「夜の梅」は、甘酸っぱいアプリコットや繊細な花々が加わり愛らしい一面を見せる一方、スパイスや墨の深みが溶け合うことで、妖艶な揺らぎをうかがわせます。
創香が重なることで、「源氏香ベース」単体で感じた芯の強さや鋭さがそのまま前面に現れるのではなく、奥行きや趣となって溶け込んでいくのでしょう。
さらに、「夜の梅」という物語がゆっくりと朝を迎えていくように、情深い想いが清々しく晴れやかなものへと移ろっていく…
そんな過程までも、香りの中に映し出されているようです。
まるで人の感情そのもののように。
ベース香料は「静」、完成した香水は「動」
例えば絵を描く時は、まず全体像を把握して輪郭を取りながら、少しずつ濃淡を付け色を乗せていきます。モノクロだった世界はカラーになり、無機質だったものには温かみが生まれ生命が吹き込まれます。
ベース香料によって性質は異なると思いますが、「源氏香ベース」から香水が完成するまでの過程は、絵を描くことに近い気がしました。
土台となる香りだけだと、その香りがどんな性格なのかまではわかりません。
しかし細やかな調整を重ねて出来上がった香水には、明らかに表情や動きが生まれ、人格ならぬ「香格」が宿っているのです。
また、香りの余白や奥行きはベース香料だけで完成するものではなく、その後の創香によっていっそう豊かになっていくのだと実感しました。
香りの土台に思いを馳せて
香水の全体的な印象や根幹を担うのがベース香料であり、見えないところで全体を支えている基盤です。
今回「源氏香ベース」に触れたことで、完成した香水からだけでは感じ取ることが出来なかった、もう一つの物語を知ることができたような気分です。
それは、調香の途中にある景色。
「紫の上」と「夜の梅」を纏っていただく機会がありましたら、その奥に静かに息づく「源氏香ベース」の存在に、そっと耳を澄ませてみてもらえればと思います。

※源氏香とは
52通りの香りの組み合わせを、「源氏物語」の巻名とそれにちなんだ図柄(源氏香図)で表した香道の楽しみ方の一つで、室町時代末期〜江戸時代初期にかけて成立したとされています。
5種類の香木をそれぞれ5包ずつ計25包用意し、その中から無作為に5包を選び1包ずつ焚いて香りを聞きます。
参加者は同じ香りだと思ったものの縦線を上部で横線につなぎ、52パターンの図のどれになるかを判定します。
この記号にも見える図形は、着物や帯などにも用いられているため、香道を嗜んでいなくても見覚えがある方は多いのではないでしょうか。
線と線を結ぶという極めてシンプルなものですが、とても合理的でユニークなデザインです。
ニックネーム:K.S
プロフィール:パルファンサトリフレグランススクール1級卒業。アトリエショップやPOP UPで時々接客させていただいてます。
▪紫の上 -MURASAKI NO UE- 商品ページはこちら
https://parfum-satori.pro/?pid=16537698
▪夜の梅 -YORU NO UME- 商品ページはこちら
https://parfum-satori.pro/?pid=16754518
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▪アトリエに流れている時間を綴っていく「アトリエJOURNAL」
アトリエ JOURNAL Vol.1 天然ムスク
アトリエ JOURNAL Vol.2 香りの器 サンダルウッド

